イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

 ここでもまた、過去へさかのぼればさかのぼるほど、自分はそれだけ生気にあふれていた。人生の幸もたっぷりあったし、命そのものもたっぷりあった。幸と命がひとつに解け合っていたのだ。「ちょうど苦痛が時を追うごとにますますひどくなってきたように、人生全体も時とともにますます悪くなってきた」――そう彼は考えた。ただひとつの明るい点が後ろに、人生の始まりにあり、後は先へ行くほどどんどん暗く、そしてどんどん速くなってきた。
「死からの距離の二乗に逆比例するのだ」――イワン・イリノチはふとそう思った。(P.126)