しゃべれども しゃべれども(佐藤多佳子)/新潮文庫

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

 語り手は、当年二十六歳の落語家・今昔三つ葉。本人も仕事や恋への迷いや悩みで揺れ動いているのですが…どもってしまったり、生意気すぎたり、無口になったりと、自分を表現するのがうまくいかない人たちに、なりゆきで落語指南をすることになってしまいます。
 「表現するのがうまくいかない」がために傷ついている人たちを、過剰に同情したりかわいそうがったりしていない、「傷を癒そう」と構えていないところがいいです。
 吃音で悩んでいる、気弱な大学生の良がテニスのコーチのアルバイトをしている様子を、他の大きな声できびきびを指示を出すコーチと見比べて、「俺が生徒だったら、元気な彼の指導のほうがありがたいだろうと思う」というような、本人にとっては残酷な本音もちゃんと書かれていて…欠点は欠点として、「こんな人がコーチだったら困る」という事実は事実として、受け止められているのです。良い面も悪い面も、殊更に強調されるようなところがなくて、さらっと乾いている感じ。それがとても小気味いいのでした。

 恋愛方面も…なかなかスムーズに事は運ばないし、潔いとかかっこいいという感じではないけれど、とっても素敵に小気味よく描かれているのです〜。

 自信って、一体何なんだろうな。
 自分の能力が評価される、自分の人柄が愛される、自分の立場が誇れる――そういうことだが、それより、何より、肝心なのは、自分で自分を“良し”と納得することかもしれない。“良し”の度が過ぎると、ナルシシズムに陥り、“良し”が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが、そんな適量に配合された人間がいるわけがなく、たいていはうぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。(P.220)

自意識過剰というのはなかなか打つ手のないやっかいな病で、力を抜けといって簡単に抜けるものではなかった。(P.291)