梨木香歩 『丹生都比売』 原生林
- 作者: 梨木香歩
- 出版社/メーカー: 原生林
- 発売日: 1995/11
- メディア: 単行本
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弓など持つだけで腕がかぶれてしまう体質の草壁皇子は、体が弱いだけでなく、異母兄弟たちが目を輝かせて聞くような、勇敢な戦いの話も、どうしても好きになれない性質でした。
……人はどうして戦うのだろう。私は普段でも人と人がおとしめあい、すさまじい顔をして憎みあうのを見ると本当に恐ろしく、悲しくなる。(P.57)
でもおとうさまやおかあさまはそういう忠誠を存分に身に受けて、少しも怯む事なくますます光輝いて見える。大津にもそれができるのだ……(P.58)
担うことを期待されている役割に、自分が適していないことを、草壁皇子は日々感じとっています。父や母、周囲の人々はこんな自分を情けなく、恥ずかしく思っているのだろうと悲しみます。
吉野で出会った、言葉を発することができない少女・キサは、草壁皇子の心が沈んでいるのを感じとり、落ち着いた気持ちにさせてくれるところがありました。
タイトルの「丹生都比売」とは、水銀の採れる土地である吉野の、水銀と清かな水の神様のこと。丹生都比売のご加護があると思うからこそ、人々は大海人皇子のもとで団結しているのです。しかし、大海人皇子は、自分たちが吉野に来てから、丹生都比売が顕現なされないことに不安を感じています。その一方で、草壁皇子は、母の孤独な胸の内を、夢に見るようになります。
淡々とした語りの中から、登場人物たちの気持ちがじんわりと伝わってきます。
草壁皇子は、怯む事なく立ち向かい、多くの人々を惹きつけるような輝きを放つ生き方は、どうしてもできない性質だったのですね。けれど、抗うことより受け入れることを選んだ(ように思える)彼の静かな生の輝きは、とっても心にしみました。