森忠明 『風はおまえをわすれない』 文研出版

風はおまえをわすれない (文研じゅべにーる)

風はおまえをわすれない (文研じゅべにーる)

人間などという、変な生き物に生まれてきたくなかった。鉄か岩かトタン板か、死ななくてもすむ物になりたい。
(中略)
 結こんしても別れてしまうなら、はじめから結こんしなければいいのに。どうせ死んでしまうなら、はじめから生まれてこなければいい。(P.40)

 おれにだって、好きな女の子の一人ぐらいはいるが、その子と特別仲よくなっても、それがいったいどうなんだ、という気持ちがあるので、積極的にかの女を持ちたい、なんて思わない。(P.66)

 こういうことを言ってしまうと、おれの、ずるい心が知れてしまうが、おれは父さんと母さんがりこんしたことで、気楽な思いをしている点がある。(中略)おれに対して、口にはださないけど責任を感じている父さんと母さん。学校をさぼって、やりたいようにやっていても、父さんがおれのこと、思いっきりおこらない理由はそこにあるのだと思う。
 つまり、おれは、父さんと母さんの弱みにつけこんで、自分だけにつごうのよい生き方をしようとしている。(P.112-P.113)

どんなに死にたい、死んでしまいたい、と思っても、心臓って、止まってくれないでしょ。(P.121)

 でも、人間が、どんなにがんばっても、おれたちが死んでしまうものだ、というこわさやさびしさやつまらなさを、楽しさやうれしさで包みこんでしまうことはできないんじゃないか。(P.134)

 小学六年生の森花行少年の、日常とその中の思考が淡々と描かれます。森くんの、「はじめから生まれてこなければいい」というような後ろ向きな考えが、否定されて変化するような、決定的なできごとは起こりません。どうしても、「楽しさ」よりもその後の「さびしさ」のことに心を傾けてしまいがちな主人公森くんの方向性は、変わりません。けれど、あんまり暗い感じはしなくて、からりと乾いている感じのする物語です。
 後ろ向きな森くんを無理に前向きに導いたりしないお話なので、自分の中の後ろ向きな部分が肯定されるような気持ちになります。