江國香織 『すいかの匂い』 新潮文庫

すいかの匂い (新潮文庫)

すいかの匂い (新潮文庫)

  • 収録作:『すいかの匂い』『蕗子さん』『水の輪』『海辺の町』『弟』『あげは蝶』『焼却炉』『ジャミパン』『薔薇のアーチ』『はるかちゃん』『影』

 あー……怖いな。気持ち悪いな。

 せみの声をきくと目眩がするので、夏はあまり外にでない。そして、外にでなくても、それは執拗に私をとり囲み、耳にはりつく。鳴き声というのは建物に浸透してしまうものなのだろうか。(『水の輪』冒頭 P.49)

 いちいち的確できっぱりした言葉で語られていて、全体を通しての文章の印象は「きれい」なのだけれど。強い日差しが降りそそぐ、一見美しくてまぶしい夏の情景にひっついてくる気持ち悪いものまで淡々と語られるから、もう怖くて仕方がない。

人間にとっては生きていることの方が不自然なのだと、生理的に知っていた。(『水の輪』P.51)

私は、母が私を嫌いなことを知っていた。仕方がないとも思っていた。(『あげは蝶』P.104)


 生理的嫌悪感がどっとわきあがってきた箇所もありました。

 いちばん奥の建物の陰、アパートと塀のすきまに私たちを招きいれると、お兄さんはにこにこした顔のままで、ちょっとパンツをおろしてみて、と言うのだった。
「大丈夫、なんにもしないからね」
(中略)
「ありがとう。もういいよ」
 さわやかに言う。お兄さんは去り際に飴を二つくれ、私たちは、たったいまのできごとを誰にも言わないと約束した。(『はるかちゃん』P.196-197)

 ……思わず、男たちなど滅びてしまえ*1と呟きたくなった。主人公は、小学二年生の頃のこの出来事を特に感想を付け加えることなく淡々と語っているのだけれど……気持ち悪かったなー。


 共感できた箇所もありました。

(前略)ときどき店の前に男の子たちがあつまっていた。そういうとき、私はそこを通るのがいやだった。男の子たちはたいてい自転車に乗ってきていて、それをそのへんに停めたまま、ひとところにかたまって立っていた。ある種の感嘆語――うそだろ、とか、ばかじゃねえの、とか――をばかに大きな声でさけぶ子がいて、私はそれがとても怖かった。(『焼却炉』P.120)

 ああ、これはすごくわかる……男の子の集団は怖かった。『焼却炉』の語り手は小学生で、ここで想定されている「男の子」とはやっぱり小学生の男の子なのだろうと文脈から推察できるのだけれど、わたしは「同年代の男の子の集団」が高校生の頃まで怖かった。今もちょーっとはやっぱり怖いかもしれない。


 川上弘美さんの、「長生きして、たくさん小説を書いてください。/どうぞどうぞお願いいたします。」としめくくられる解説に、ほっこりした気持ちになりました。