江國香織 『とるにたらないものもの』 集英社文庫

とるにたらないものもの (集英社文庫)

とるにたらないものもの (集英社文庫)

 ケーキ、という言葉の喚起する、甘くささやかな幸福のイメージ。大切なのはそれであって、それは、具体的な一個のケーキとは、いっと無関係といっていい。(P.68)

 たとえば混んだ電車に乗っているときなどに、ときどき思う。みんなあたり前の顔で大人みたいに振舞っているけれど、例外なく全員子供だったのだ。嘘つきだったり乱暴だったり泣き虫だったりお風呂が嫌いだったり、おねしょをしたり歯を磨かなかったりしたのだ、きっと。そう思うと可笑しくておそろしい。言葉の通じる大人みたいな顔をしているが、言葉の通じない子供が大きくなった者たちなのだ。信用ならない。
 子供にとって、世の中は理不尽だらけだ。そのころの記憶が、私には思いきりしみついている。(P.187-188)