松村栄子 『セラヴィ』 福武書店

セラヴィ

セラヴィ

ちゃちな田舎の病院を継ぐためにいずれ故郷へ帰らなければならない者たちは、まるで老人クラブの世話役みたいな一生さ、おまえにはわからないよ、と言った。だからといって、人一倍プライドの高い彼らに向かってうちの病院に来いよなどと気やすく言えるはずもなかった。そうかもしれないと言って黙り込むしかないのだ。(P.28)

 彼らもまたほんとうにわかってもらいたくて言うのではない。束の間、愚痴を楽しんでいるにすぎない。わかってしまえばかえって憎まれることになるだろう。それでもこのフレーズはいつも心に引っかかる。たしかに卓也は経済的には恵まれた家に育ったかもしれない。しかし、より上流の人々を彼はいくらでも知っていたし、不労所得で食べている有閑人種も少なくはなかった。(中略)だからといって羨み半分の愚痴を言ったことはない。黙って真面目にやってきたと思う。(P.28)

 医者だというだけでエリート扱いしてもらえる友人たちとは違い、医者で当り前、優秀で当り前という家でさして誉められもせず甘やかされもせず、だが我儘も言わず期待値の最低ラインだけはクリアしてきた。父と違って自分が特に並外れて賢いわけでないことは小学生の頃から自覚していた。彼が医学部に入り医者になるには父の倍以上は努力しなければならなかった。(P.28-29)

 父と同じ大学を勧められたのを親父と一緒じゃ嫌だと男らしい独立心めいた言い分でごまかして、私大一本に絞り必死であがいてやっと合格したのが実状だ。誰もそれに気づきはしなかった。結局のところ彼はやってのけたのだから。(P.29)

 それでもひとを羨ましいと思ったことはなかった。人生なんてこんなものだ。お金も愛情も理解もあるところにはあるし、ないところにはない。そしてこの三つのものは交換不可能なのだ。(P.30)

巣作り

「巣作り?」
「そう。発情期とは違うと思いますけど、そういう季節がやってくるんですよ。時期は人によります。そのときになると、所帯もっちゃうんですよね。あとで考えると、どうしてそいつとでなきゃなんて論理的説明はできません。女性はそれを運命と呼んでありがたがりますけどね」(P.77)

「ひととね、暮らせないと思うのよ」

つまり月並みな言い方かもしれないけれど、ひとりで生きていくことのできないひとは決してふたりで生きてはいけないということ……それはね、わたしが相原の家を出てからずっと考えていたことなのだけど。
 わたしにはそれがあの頃わかっていなかったのね、若かったから無理もないといえばそうなのだけど。弱いわたしを庇護するために相原の家があり泰也さんがいるような、そんなふうな甘えがあったんじゃないかしら。だから別れることになってしまったのではないかってね。でも弱いということは考え方によってはとても傲慢なことでもあるでしょう?わたしは謙虚に強くなろうと努めて初めて今の家庭を得た気がするのよ。(中略)
 美里さんという方もそんなことを感じているのではないかしら……彼女にはまだひとりで生きていく強さが身についていない、だから自分の中に他人のためのスペースをとってあげることができない、そう思っているのではないかしら。(P.192-193)