向田邦子 『思い出トランプ』 新潮文庫
- 作者: 向田邦子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1983/05
- メディア: 文庫
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『男眉』
買物袋を持ち替え持ち替えして歩きながら、すれ違う女たちの品定めをした。
夫がその女と二人切りで、無人島へ流れついたとする。あの女には、一月で手を出す。この女は、その日のうち。次。あれなら、いかに夫でも三月は手は出すまい。次のは、女の方から手を出しそうだ、などと、答えを出しながら歩くのである。
こんな馬鹿馬鹿しいことを考えている時、人はどんな顔をしているものかと、商店の鏡にうつる自分をのぞいてみたら、いつもと同じ不機嫌な顔だったので、妙な気持になった。(P.115-116)
夫との見合いがまとまり、式の日取りが決った頃、うちへ遊びに来たことがあった。年のせいか道楽も下火になっていた父は、やがて義理の息子になる夫に酒をつぎながら、冗談まじりに麻の体のことを口にした。
酒のつまみを皿にのせて茶の間に入りかけた麻は父の「毛深い」ということばを耳にした時、刃物があったら父に突き立てていただろうと思った。死んでも絶対に泣いてやらないから。(P.116)
『大根の月』
戻ろうか、どうしようか。一番大切なものも、一番おぞましいものもあるあの場所である。(P.139)