志賀直哉 『暗夜行路 前篇』 岩波文庫

暗夜行路〈前篇〉 (岩波文庫)

暗夜行路〈前篇〉 (岩波文庫)

 実際彼には同じくらいの強さで二つの反対した気持があった。この事がうまく行ってくれればいいという気持と、うかく行かないでくれ、というような気持と。何方が彼の本統の気持かよく分からなかった。何方にしろ決定すれば、彼はそれに順応した気持になれるのだった。しかしそうはっきり決定しない内は、変にこういう反対した二つの気持に悩まされる。それは癖で、また一種の病気だった。そして、結局はお栄の意思で運命を決める。それより他はないという受け身な気持におさまるのであった。(P.196)