神様のボート(江國香織)/新潮文庫

神様のボート (新潮文庫)

神様のボート (新潮文庫)

(前略)
放浪する母と娘の話です。
(中略)
小さな、しずかな物語ですが、これは狂気の物語です。そして、今までにわたしが書いたもののうち、いちばん危険な小説だと思っています。(あとがきより抜粋)

 草子にとって「ママ」である葉子は、絶対に自分を見つけ出してくれるといった「あのひと」の言葉を信じて、「あのひと」の子どもである草子を連れて、ひとつの街に長くとどまることなく、引越しを繰り返しています。「それがどんな場所であれ、なじんでしまったらあのひとには会えなくなる気がするから(P.78)」という理由で。

 一度出会ったら、人は人をうしなわない。
 たとえばあのひとと一緒にいることはできなくても、あのひとがここにいたらと想像することはできる。あのひとがいたら何と言うか、あのひとがいたらどうするか。それだけで私はずいぶんたすけられてきた。それだけで私は勇気がわいて、ひとりでそれをすることができた。(P.144)

 草子の成長という、あまりにも自然なできごとがもたらした、親離れとか、子離れということばで表せない、かなしい変化。それを描く時に使われる「かなしい」という言葉も、ママが「あのひと」のことを語るために費やす言葉も、しずかに心ににしみこみます。

 ネタバレかもしれない感想はこちら。

言葉は危険なのだとママは言う。言葉で心に触られたと感じたら、心の、それまで誰にも触られたことのない場所に触られたと感じてしまったら、それはもう「アウト」なのだそうだ。(P.215)