ファンタジーの宝石箱vol.1 『人魚の鱗』 全日出版

 松谷みよ子ペチュニアビアホールはこわいよ』(なめくじにビールをのませる話)、阿刀田高『雪の朝』(帰り道がわからなくなった猫の話)、小池昌代『ドーナツと雨音』(タイトルのままの話)が特に好きです。

(今よりもっと、ずっとずっと年をとった、いつかのある日。その日もたった一人で、雨の音や風の音を聞くだろう。そんな日がわたしに、きっと、やってくる)
 安見子は不意に、そう確信した。その日が、自分にとって、幸福な一日であるか、辛く寂しい一日であるかはわからない。けれど、その日も一人きりで、静かに雨音を聞くのである。
 いつかやってくる、その小さな孤独を、安見子は奥歯でそっとかみしめた。甘くも辛くもすっぱくもなかった。(P.186 小池昌代『ドーナツと雨音』より)